2026年3月22日 マルコの福音書11:1~11 「それぞれの思惑」
さて、一行がエルサレムに近づき、オリーブ山のふもとのベテパゲとベタニアに来たとき、イエスはこう言って二人の弟子を遣わされた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばが、つながれているのに気がつくでしょう。それをほどいて、引いて来なさい。もしだれかが、『なぜそんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐに、またここにお返しします』と言いなさい。」弟子たちは出かけて行き、表通りにある家の戸口に、子ろばがつながれているのを見つけたので、それをほどいた。すると、そこに立っていた何人かが言った。「子ろばをほどいたりして、どうするのか。」弟子たちが、イエスの言われたとおりに話すと、彼らは許してくれた。それで、子ろばをイエスのところに引いて行き、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。すると、多くの人たちが自分たちの上着を道に敷き、ほかの人たちは葉の付いた枝を野から切って来て敷いた。そして、前を行く人たちも、後に続く人たちも叫んだ。「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に。」こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。そして、すべてを見て回った後、すでに夕方になっていたので、十二人と一緒にベタニアに出て行かれた。
いよいよイエスと弟子の一行は、十字架の待っているエルサレムに入城(入場⇔退場ではない)することになります。イエスの公生涯の三年半、そのほとんどはガリラヤとその周辺を舞台とした宣教でした。しかし公生涯の最後の一週間は、イスラエルの中心地であるエルサレムにおいての宣教です。わずか一週間のエルサレム宣教の記述は、マルコの福音書16章のうち、11~16章の6章分、三分の一ほどを費やしています。イエスの十字架、葬り、復活がどれほど大切なのかが分かります。 1節に記されていますが、イエスと弟子たちはエリコの町を出発し、長い坂道を上って、オリーブ山のふもとのベテパゲ、またその近くにあるベタニアの町までやって来ました。 これはイエスが十字架にかけられる前の週の、金曜日に当たります。イエスの一行は、翌日の土曜日は安息日だったためそのままエルサレムには入らず、ベタニアでマルタとマリア、ラザロの家で一日を過ごされ、日曜日にエルサレムに入られました。
エルサレムに入られる時、イエスは二人の弟子を使いに出して、「向こうの村」からロバを借りて来るように言われました。「向こうの村」とはベテパゲかベタニアのどちらかになります。 ベタニアにはマルタとマリア、ラザロの家がありました。彼らはイエスを愛し、従い、協力を惜しまない家族でした。またこのベタニアだけでなく、隣の町のベテパゲにも、イエスの弟子や協力者がいたと思われます。それでロバの持ち主は以前から、イエスのためにできることがあれば、何か手伝うと言っていたかもしれません。いずれにせよ、イエスが命じられた通り、イエスの使いはロバを借りることができました。 二人の弟子たちとロバの持ち主のやり取りは、イエスが予知、前もって全てを知っておられることの現われです。 イエスの言われたことは実際に成就、実現しました。そしてイエスがロバに乗ってエルサレムに到着した時の人々の様子が、8節から10節に描写されています。8節にはこのように記されています。多くの人たちが自分たちの上着を道に敷き、ほかの人たちは葉の付いた枝を野から切って来て敷いた。人々がイエスを大歓迎している様子が描写されています。葉の付いた枝を敷いたとありますが、ヨハネの福音書の12章には、その葉の付いた枝を「棕櫚の木」と記しています。そのため現在では、イエスがエルサレムに入城した日を記念して、イースターの一週間前の日曜日を、「棕櫚の日曜日」と呼んでいます。
一方イエスがロバに乗ってエルサレムに入られることは、旧約聖書に記されている預言の成就、実現でもありました。旧約聖書、ゼカリヤ書にはこのように記されています。9章9節。
娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレムよ、喜び叫べ。見よ、あなたの王があなたのところに来る。義なる者で、勝利を得、柔和な者で、ろばに乗って。雌ろばの子である、ろばに乗って。
ゼカリヤ書に記されているシオンの娘とは、エルサレムの住民を指す詩的な表現です。イエスの生まれる前、約500年前に書き記されたザカリヤ書ですが、果たしてその預言通りにイエスはロバに乗ってエルサレムに入城されました。群衆がイエスの入城をこの預言の観点から見て、イエスを王として迎えたことは疑う余地がありません。また人々は歓喜のあまり、讃美をもってイエスを迎え入れています。この時の様子が9節と10節に描写されています。
「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に。」これは詩篇を群衆が引用してイエスを讃美している姿です。
「ホサナ」ということばは、現代においても神やイエスへの深い感謝、称賛、喜びを表す言葉として使われています。 群衆は熱狂的にエルサレムに入城したイエスを大歓迎しました。
ここまで見ると、イエスがエルサレムに入られたことは、何も問題がないように思えます。しかし同じ出来事が、別の角度で記されている他の福音書と読み比べて見る時、色々な人間模様が見え、また群衆それぞれに、イエスに対する様々な思惑があることが見えて来ます。
例えばマタイの福音書の21:10,11節です。ホサナと叫んでイエスを大歓迎している様子はマルコの福音書と変わりませんが、このように描写されています。
こうしてイエスがエルサレムに入られると、都中が大騒ぎになり、「この人はだれなのか」と言った。群衆は「この人はガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言っていた。
イエスを大歓迎している群衆の中に、「この人はだれなのか」と、イエスが何者であるかが分かっていない人々がいたということが分かります。また「この人はだれなのか」という問いに対して
「この人はガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と答えた別の群衆がありました。イエスを力ある一預言者として捉えていますが、罪から救う救い主とは捉えていません。つまりそこにいた群衆は、イエスが偉大な者であると認識していたかもしれませんが、ただの人間として捉えているということが分かります。
また、平行箇所のヨハネの福音書12章には、このような宗教指導者のことばが記されています。
それで、パリサイ人たちは互いに言った。「見てみなさい。何一つうまくいっていない。見なさい。世はこぞってあの人の後について行ってしまった。」
イエスが人々に人気となり、自分たちから人々が去っていくのを嘆き、またイエスに嫉妬している姿です。彼らはイエスの人気が高まり、それが暴動に発展すれば、ローマ帝国の軍隊が介入して自分たちの立場が危うくなる。嫉妬だけでなく、自分の身を守ろうろうとする保身も垣間見えます。そこからイエスを殺害したいという思いにまで発展していき、実際にイエスを十字架に架けていく動力となっていきます。
マルコの福音書に戻りますが、10節で群衆は、われらの父ダビデの、来たるべき国に。とイエスを歓迎しています。一方マタイの福音書の21章には、「ホサナ、ダビデの子に」と、群衆がイエスを賛美しています。「ダビデの国、ダビデの子」と群衆が賛美したのは、イエスがダビデ王の子孫として、強かったダビデ王国を再び復興させてくれる、この世の政治的な王であると捉えていたということです。その力を持ってローマ帝国を蹴散らし、ユダヤをローマ帝国から解放し、再びダビデ王国を復興してくれる。群衆はそのような期待を、イエスに対して持ちました。
罪を赦し、神との関係を回復させるためにイエスがこの世界に来て下さった救い主である、ということを、群衆のほとんどが理解していない、分かっていないということです。
棕櫚の枝を持ってイエスを熱烈に歓迎した人々が、数日後にはイエスを十字架につけろと叫ぶ者たちに変わっていきます。例え宗教指導者である祭司長やパリサイ人、律法学者の巧みな扇動に乗せられたとはいえ、です。イエスを大喜びで迎えた人々が、僅か一週間の後、「この男を殺せ!」と叫ぶ者に変わっている。自分の上着を差し出して「ホサナ」と歓声を上げてイエスを迎えた人々が、一週間後には「十字架につけろ。殺せ」と叫びだす。なぜでしょうか。
それはこの後イエスが、自分たちをローマ帝国から解放しないことが分かったからです。彼らは自分たちの期待が裏切られたからです。彼らの思惑、目論見が叶わなかったからです。彼らはイエスに対する失望を怒りに変え、イエスに敵対する者になってしまいました。これが罪深い人間の姿だと言わざるを得ません。
本日の聖書の箇所には他にも色々な人々、色々な思惑を持っている人々が登場します。
ラザロをはじめ、イエスがなさった奇蹟、しるしを見たい、確かめたいと好奇心で集まっている人々。過ぎ越しの祭りを祝いに来た巡礼中だった人々。イエスの力ある奇蹟を見て、地上の力ある王とみなす人々。イエスが武力でローマ帝国から解放してくれるとイエスに望みを置いた人々。イエスが何者なのか疑っている人々。イエスを旧約聖書に登場する一預言者とみなしている人々。そしてイエスの人気を自分たちの人気と比べて憎しみ、嫌悪する人々。一方その中には先週見たバルティマイをはじめ、イエスに信頼し、イエスを罪からの救い主と信仰をもって従っていた人々もいました。
イエス・キリストを通して、色々な人間がいることが浮き彫りになっていきます。
一方群衆からの歓迎と讃美を受けられたイエスの思い、心情はどのようなものだったでしょうか。本日見ているマルコの福音書、マタイ、ヨハネの福音書にはこの時のイエスの思いは描写されていません。沈黙しています。それはルカの福音書においてのみ、イエスの思いが描かれています。ルカの福音書19章41節、42節です。このように描写されています。エルサレムに近づいて、都をご覧になったイエスは、この都のために泣いて、言われた。「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。」
色々な思惑のある人々。イエスによってもたらされようとしている、神の国の訪れを見ようとしない人々。神との平和、神の恵みを拒んでしまった人々。このような驕り高ぶりの結果、それから40年足らずの間にこのエルサレムはローマ軍によって徹底的に破壊され、エルサレムに住む人々は死と苦しみを味わうことになりました。エルサレムの現実の姿と、将来のエルサレムに対してイエスは涙を流されました。
私たち人間は理想を求めます。追い求める存在です。それは神に対しても同じです。強くて優しい神が欲しい。奇蹟を経験させてくれる神が欲しい。分かり易く理解できる神が欲しい。自分の願いを叶え、自分の思い通りに動いてくれる神が欲しい。
イエスは、私たち人間が持つ神概念、神に求める理想や期待を否定され、覆されました。 それは子ロバにまたがり、エルサレムに入城する姿を通して表されています。イエスはロバに乗ってエルサレムに入られました。 普通王のように偉大な者であれば、馬に乗って登場します。敵に勝ち、自分の国に帰って来た英雄は、凱旋の時に馬に乗って来ることからも分かります。 馬は勝利の象徴であり、戦いの象徴です。 もし馬でエルサレムに入ってこれば、それは見栄えも良いものです。
しかしイエスはエルサレムにロバで入城されました。しかもロバの子どもです。まだ体の未成熟な子ロバがヨチヨチ歩くその上に、メシヤなるお方が乗っている。あまりにも滑稽な、間の抜けた光景ではないでしょうか。 この登場によってイエスは、戦いの王を求める群衆に対し、自分の理想や期待を求める群衆に対し、ご自身が平和の王であることを宣言されています。声なき宣言です。子ロバにまたがる平和の君、キリストとして、イエスは人々にご自身を現わされました。 そしてイエスがキリスト、救い主として完成されるのが、十字架を通してでした。
11節、こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。群衆のイエスに対する無理解、勝手な理想と期待、自己中心的な姿を見た後イエスは、将来のエルサレムの姿と重ねながら、涙と共に、神が臨在される宮に入られました。罪深い人間の身代わりのために十字架に架けられるという、神が立てられたご計画をいよいよ実行に移されていく時の痛み、孤独、叫びを祈られたのだと思います。 イエスは父なる神の御心を第一にされました。いのちをかけて神のご計画に従われ、ロバに乗って来られるほどに謙られ、柔和なお方でした。 それは全て、私たち人間への愛でした。
私たち人間の様々な思惑を超えて、イエスは十字架を通して私たち人間の救いを完成させて下さったお方です。そのイエスの十字架の苦しみを、十字架を偲ぶ受難節で覚え、また感謝をお捧げしたいと思います。
祈ります
「それぞれの思惑」
こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。
十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。
(Ⅰコリント1:18)
この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。
(Ⅰコリント1:21)
さて、一行がエルサレムに近づき、オリーブ山のふもとのベテパゲとベタニアに来たとき、イエスはこう言って二人の弟子を遣わされた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばが、つながれているのに気がつくでしょう。それをほどいて、引いて来なさい。もしだれかが、『なぜそんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐに、またここにお返しします』と言いなさい。」弟子たちは出かけて行き、表通りにある家の戸口に、子ろばがつながれているのを見つけたので、それをほどいた。すると、そこに立っていた何人かが言った。「子ろばをほどいたりして、どうするのか。」弟子たちが、イエスの言われたとおりに話すと、彼らは許してくれた。それで、子ろばをイエスのところに引いて行き、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。すると、多くの人たちが自分たちの上着を道に敷き、ほかの人たちは葉の付いた枝を野から切って来て敷いた。そして、前を行く人たちも、後に続く人たちも叫んだ。「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に。」こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。そして、すべてを見て回った後、すでに夕方になっていたので、十二人と一緒にベタニアに出て行かれた。
いよいよイエスと弟子の一行は、十字架の待っているエルサレムに入城(入場⇔退場ではない)することになります。イエスの公生涯の三年半、そのほとんどはガリラヤとその周辺を舞台とした宣教でした。しかし公生涯の最後の一週間は、イスラエルの中心地であるエルサレムにおいての宣教です。わずか一週間のエルサレム宣教の記述は、マルコの福音書16章のうち、11~16章の6章分、三分の一ほどを費やしています。イエスの十字架、葬り、復活がどれほど大切なのかが分かります。 1節に記されていますが、イエスと弟子たちはエリコの町を出発し、長い坂道を上って、オリーブ山のふもとのベテパゲ、またその近くにあるベタニアの町までやって来ました。 これはイエスが十字架にかけられる前の週の、金曜日に当たります。イエスの一行は、翌日の土曜日は安息日だったためそのままエルサレムには入らず、ベタニアでマルタとマリア、ラザロの家で一日を過ごされ、日曜日にエルサレムに入られました。
エルサレムに入られる時、イエスは二人の弟子を使いに出して、「向こうの村」からロバを借りて来るように言われました。「向こうの村」とはベテパゲかベタニアのどちらかになります。 ベタニアにはマルタとマリア、ラザロの家がありました。彼らはイエスを愛し、従い、協力を惜しまない家族でした。またこのベタニアだけでなく、隣の町のベテパゲにも、イエスの弟子や協力者がいたと思われます。それでロバの持ち主は以前から、イエスのためにできることがあれば、何か手伝うと言っていたかもしれません。いずれにせよ、イエスが命じられた通り、イエスの使いはロバを借りることができました。 二人の弟子たちとロバの持ち主のやり取りは、イエスが予知、前もって全てを知っておられることの現われです。 イエスの言われたことは実際に成就、実現しました。そしてイエスがロバに乗ってエルサレムに到着した時の人々の様子が、8節から10節に描写されています。8節にはこのように記されています。多くの人たちが自分たちの上着を道に敷き、ほかの人たちは葉の付いた枝を野から切って来て敷いた。人々がイエスを大歓迎している様子が描写されています。葉の付いた枝を敷いたとありますが、ヨハネの福音書の12章には、その葉の付いた枝を「棕櫚の木」と記しています。そのため現在では、イエスがエルサレムに入城した日を記念して、イースターの一週間前の日曜日を、「棕櫚の日曜日」と呼んでいます。
一方イエスがロバに乗ってエルサレムに入られることは、旧約聖書に記されている預言の成就、実現でもありました。旧約聖書、ゼカリヤ書にはこのように記されています。9章9節。
娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレムよ、喜び叫べ。見よ、あなたの王があなたのところに来る。義なる者で、勝利を得、柔和な者で、ろばに乗って。雌ろばの子である、ろばに乗って。
ゼカリヤ書に記されているシオンの娘とは、エルサレムの住民を指す詩的な表現です。イエスの生まれる前、約500年前に書き記されたザカリヤ書ですが、果たしてその預言通りにイエスはロバに乗ってエルサレムに入城されました。群衆がイエスの入城をこの預言の観点から見て、イエスを王として迎えたことは疑う余地がありません。また人々は歓喜のあまり、讃美をもってイエスを迎え入れています。この時の様子が9節と10節に描写されています。
「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に。」これは詩篇を群衆が引用してイエスを讃美している姿です。
「ホサナ」ということばは、現代においても神やイエスへの深い感謝、称賛、喜びを表す言葉として使われています。 群衆は熱狂的にエルサレムに入城したイエスを大歓迎しました。
ここまで見ると、イエスがエルサレムに入られたことは、何も問題がないように思えます。しかし同じ出来事が、別の角度で記されている他の福音書と読み比べて見る時、色々な人間模様が見え、また群衆それぞれに、イエスに対する様々な思惑があることが見えて来ます。
例えばマタイの福音書の21:10,11節です。ホサナと叫んでイエスを大歓迎している様子はマルコの福音書と変わりませんが、このように描写されています。
こうしてイエスがエルサレムに入られると、都中が大騒ぎになり、「この人はだれなのか」と言った。群衆は「この人はガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言っていた。
イエスを大歓迎している群衆の中に、「この人はだれなのか」と、イエスが何者であるかが分かっていない人々がいたということが分かります。また「この人はだれなのか」という問いに対して
「この人はガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と答えた別の群衆がありました。イエスを力ある一預言者として捉えていますが、罪から救う救い主とは捉えていません。つまりそこにいた群衆は、イエスが偉大な者であると認識していたかもしれませんが、ただの人間として捉えているということが分かります。
また、平行箇所のヨハネの福音書12章には、このような宗教指導者のことばが記されています。
それで、パリサイ人たちは互いに言った。「見てみなさい。何一つうまくいっていない。見なさい。世はこぞってあの人の後について行ってしまった。」
イエスが人々に人気となり、自分たちから人々が去っていくのを嘆き、またイエスに嫉妬している姿です。彼らはイエスの人気が高まり、それが暴動に発展すれば、ローマ帝国の軍隊が介入して自分たちの立場が危うくなる。嫉妬だけでなく、自分の身を守ろうろうとする保身も垣間見えます。そこからイエスを殺害したいという思いにまで発展していき、実際にイエスを十字架に架けていく動力となっていきます。
マルコの福音書に戻りますが、10節で群衆は、われらの父ダビデの、来たるべき国に。とイエスを歓迎しています。一方マタイの福音書の21章には、「ホサナ、ダビデの子に」と、群衆がイエスを賛美しています。「ダビデの国、ダビデの子」と群衆が賛美したのは、イエスがダビデ王の子孫として、強かったダビデ王国を再び復興させてくれる、この世の政治的な王であると捉えていたということです。その力を持ってローマ帝国を蹴散らし、ユダヤをローマ帝国から解放し、再びダビデ王国を復興してくれる。群衆はそのような期待を、イエスに対して持ちました。
罪を赦し、神との関係を回復させるためにイエスがこの世界に来て下さった救い主である、ということを、群衆のほとんどが理解していない、分かっていないということです。
棕櫚の枝を持ってイエスを熱烈に歓迎した人々が、数日後にはイエスを十字架につけろと叫ぶ者たちに変わっていきます。例え宗教指導者である祭司長やパリサイ人、律法学者の巧みな扇動に乗せられたとはいえ、です。イエスを大喜びで迎えた人々が、僅か一週間の後、「この男を殺せ!」と叫ぶ者に変わっている。自分の上着を差し出して「ホサナ」と歓声を上げてイエスを迎えた人々が、一週間後には「十字架につけろ。殺せ」と叫びだす。なぜでしょうか。
それはこの後イエスが、自分たちをローマ帝国から解放しないことが分かったからです。彼らは自分たちの期待が裏切られたからです。彼らの思惑、目論見が叶わなかったからです。彼らはイエスに対する失望を怒りに変え、イエスに敵対する者になってしまいました。これが罪深い人間の姿だと言わざるを得ません。
本日の聖書の箇所には他にも色々な人々、色々な思惑を持っている人々が登場します。
ラザロをはじめ、イエスがなさった奇蹟、しるしを見たい、確かめたいと好奇心で集まっている人々。過ぎ越しの祭りを祝いに来た巡礼中だった人々。イエスの力ある奇蹟を見て、地上の力ある王とみなす人々。イエスが武力でローマ帝国から解放してくれるとイエスに望みを置いた人々。イエスが何者なのか疑っている人々。イエスを旧約聖書に登場する一預言者とみなしている人々。そしてイエスの人気を自分たちの人気と比べて憎しみ、嫌悪する人々。一方その中には先週見たバルティマイをはじめ、イエスに信頼し、イエスを罪からの救い主と信仰をもって従っていた人々もいました。
イエス・キリストを通して、色々な人間がいることが浮き彫りになっていきます。
一方群衆からの歓迎と讃美を受けられたイエスの思い、心情はどのようなものだったでしょうか。本日見ているマルコの福音書、マタイ、ヨハネの福音書にはこの時のイエスの思いは描写されていません。沈黙しています。それはルカの福音書においてのみ、イエスの思いが描かれています。ルカの福音書19章41節、42節です。このように描写されています。エルサレムに近づいて、都をご覧になったイエスは、この都のために泣いて、言われた。「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。」
色々な思惑のある人々。イエスによってもたらされようとしている、神の国の訪れを見ようとしない人々。神との平和、神の恵みを拒んでしまった人々。このような驕り高ぶりの結果、それから40年足らずの間にこのエルサレムはローマ軍によって徹底的に破壊され、エルサレムに住む人々は死と苦しみを味わうことになりました。エルサレムの現実の姿と、将来のエルサレムに対してイエスは涙を流されました。
私たち人間は理想を求めます。追い求める存在です。それは神に対しても同じです。強くて優しい神が欲しい。奇蹟を経験させてくれる神が欲しい。分かり易く理解できる神が欲しい。自分の願いを叶え、自分の思い通りに動いてくれる神が欲しい。
イエスは、私たち人間が持つ神概念、神に求める理想や期待を否定され、覆されました。 それは子ロバにまたがり、エルサレムに入城する姿を通して表されています。イエスはロバに乗ってエルサレムに入られました。 普通王のように偉大な者であれば、馬に乗って登場します。敵に勝ち、自分の国に帰って来た英雄は、凱旋の時に馬に乗って来ることからも分かります。 馬は勝利の象徴であり、戦いの象徴です。 もし馬でエルサレムに入ってこれば、それは見栄えも良いものです。
しかしイエスはエルサレムにロバで入城されました。しかもロバの子どもです。まだ体の未成熟な子ロバがヨチヨチ歩くその上に、メシヤなるお方が乗っている。あまりにも滑稽な、間の抜けた光景ではないでしょうか。 この登場によってイエスは、戦いの王を求める群衆に対し、自分の理想や期待を求める群衆に対し、ご自身が平和の王であることを宣言されています。声なき宣言です。子ロバにまたがる平和の君、キリストとして、イエスは人々にご自身を現わされました。 そしてイエスがキリスト、救い主として完成されるのが、十字架を通してでした。
11節、こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。群衆のイエスに対する無理解、勝手な理想と期待、自己中心的な姿を見た後イエスは、将来のエルサレムの姿と重ねながら、涙と共に、神が臨在される宮に入られました。罪深い人間の身代わりのために十字架に架けられるという、神が立てられたご計画をいよいよ実行に移されていく時の痛み、孤独、叫びを祈られたのだと思います。 イエスは父なる神の御心を第一にされました。いのちをかけて神のご計画に従われ、ロバに乗って来られるほどに謙られ、柔和なお方でした。 それは全て、私たち人間への愛でした。
私たち人間の様々な思惑を超えて、イエスは十字架を通して私たち人間の救いを完成させて下さったお方です。そのイエスの十字架の苦しみを、十字架を偲ぶ受難節で覚え、また感謝をお捧げしたいと思います。
祈ります
「それぞれの思惑」
こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。
十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。
(Ⅰコリント1:18)
この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。
(Ⅰコリント1:21)