受難

2026/3/29(日)「強盗の巣」マルコ11:12~19 庄司牧師

2026年3月29日 マルコの福音書11:12~19「強盗の巣」
翌日、彼らがベタニアを出たとき、イエスは空腹を覚えられた。葉の茂ったいちじくの木が遠くに見えたので、その木に何かあるかどうか見に行かれたが、そこに来てみると、葉のほかには何も見つからなかった。いちじくのなる季節ではなかったからである。するとイエスは、その木に向かって言われた。「今後いつまでも、だれもおまえの実を食べることがないように。」弟子たちはこれを聞いていた。 こうして彼らはエルサレムに着いた。イエスは宮に入り、その中で売り買いしている者たちを追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。また、だれにも、宮を通って物を運ぶことをお許しにならなかった。そして、人々に教えて言われた。「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではないか。それなのに、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしてしまった。」祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した。群衆がみなその教えに驚嘆していたため、彼らはイエスを恐れていたのである。夕方になると、イエスと弟子たちは都の外に出て行った。
本日の聖書箇所は二つの出来事が記されています。葉の茂ったいちじくの木の話と、4福音書全てに記されている「宮きよめ」と呼ばれている出来事です。葉の茂ったいちじくの木の話は、結論として後でもう一度登場しますので、次回取り上げたいと思います。そこで今回は「宮きよめ」と呼ばれる出来事を中心に、お話をしたいと思っています。
先週、イエスが日曜日にエルサレム入城、エルサレムに入られた時のことをお話しました。イエスはエルサレムにいる群衆の、自己中心的で神を信じない不信仰な姿と、将来ローマ帝国に破壊されることになるエルサレムのことを憂い、涙を流されました。そして祈りのため、人々のとりなしのために宮に入られました。
本日の聖書箇所、12節に「翌日」とあります。ですから宮きよめと呼ばれている出来事は、イエスが十字架に架かることになる週の、月曜日であることが分かります。本日登場する「宮」とはエルサレム神殿であり、ヘロデ王によって再建されたものです。イエスはこの神殿で人々が行われていることに怒りを燃やされました。それが本日の聖書箇所に表されています。エルサレムの神殿では、過ぎ越しの祭りに集まった大群衆を相手に、盛んに商売が行われていました。過ぎ越しの祭りとは、旧約聖書、出エジプト記に記されています。以前共に見て来ました。イエスの時代よりさらに約1500年前、彼らの祖先となるイスラエルの民がエジプトで奴隷となって苦役を強いられていた時、神が民の叫びを聞かれ、指導者モーセを通して彼らをエジプトから脱出させた出来事に由来しています。その脱出の際、羊の血を門柱と家の鴨居に塗った者たち-すなわちイスラエル民族は、滅ぼす者から守られました。一方その血を塗らなかったエジプトの初子-初めに生まれた子ども、すなわち長男や長女、家畜に始めに生まれた子どもたちなどは、全て死んでしまいました。この流された血、羊の犠牲を、新約聖書ではイエスが人間の罪を贖う身代わりに流された血であると説明しています。つまり過ぎ越しで犠牲になった羊は、イエス・キリストを予表するもの、イエスの十字架の犠牲、贖いを指し示している、ということです。 ユダヤの人々は、自分たちの先祖が守られたことを感謝し、現在においても過ぎ越しをお祝しています。
本日の聖書箇所に戻ります。 神殿の境内には、一番外側に異邦人の庭と呼ばれるところがあり、そこに両替人や生贄のハトを売る者たちなどがいました。ユダヤ人たちは各地から過ぎ越しの祭りを祝うために神殿に集まって来ましたが、神殿に捧げる動物の犠牲は傷があってはいけないため、祭司に調べてもらわなければならず、その検査は面倒なものでした。 そこで巡礼者たちは、あらかじめ調べられたものであり、また気軽であるため、神殿の境内で売られている検査済みの動物を買いました。加えてユダヤの巡礼者は、神殿に納入金を支払うため、ギリシャやローマの通貨をユダヤの通貨に両替しなければなりませんでした。そこで両替人たちは多くの手数料を取って莫大な金を設けていました。その背後には祭司長や律法学者たちがいました。神殿を管理している立場であるはずの彼らが、自分たちの利益のために率先して彼らの商売を許可し、支援までしていました。それは商人たちの儲けの上前をはねるためでした。 本来は祈りの家であり、敬虔な場所であるはずの神殿が商売に利用されている。 イエスが憤りを覚えたのも無理はありませんが、イエスがもっと怒りを燃やされたことがあります。それは彼らが商売を行っていた「場所」でした。
神殿の境内の一番外側は異邦人の庭と呼ばれますが、神殿の奥に入ることを許されない異邦人にとって、唯一の礼拝の場所でした。その場所で商売が行われていたということは、商売人たちは異邦人たちが神を礼拝するのを妨げていたということになります。そして彼らの礼拝を間接的に妨げていたのが、本来であれば神殿を聖く保ち、礼拝者が神を心から礼拝できるように取り計らう祭司や祭司長たちでした。いつの間にか異邦人の庭が、動物の生贄を売ったり買ったり、また両替の行われる場所になってしまっていました。イエスは激しく怒られましたが、この時の怒りを旧約聖書から引用して表しておられます。それが17節です。
「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではないか。これは旧約聖書、イザヤ書56:7節を引用してのことばです。6節の後半から引用してお読みします。
わたしの契約を堅く保つなら、わたしの聖なる山に来させて、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。彼らの全焼のささげ物やいけにえは、わたしの祭壇の上で受け入れられる。なぜならわたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれるからだ。 つまりイエスは、形式的で、しかも神との契約を守っていない彼らの生贄は、神には受け入れらないと言っておられる訳です。「神殿は商売の行われる場所ではない!心の伴わない形だけの生贄は神に受け入れられない!わたしの家、神殿は、あらゆる民の祈りの家、礼拝の場所、心から神と交わる場所だからだ!」そのような思いを持ってイエスは、人々の間違った行いを激しく怒られ、批判されました。イエスはここで、「わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる。」と、イザヤ書のことばを引用されましたが、その「わたし」とは、主なる神であると同時に、その独り子である主、イエスご自身を指しています。つまりイエスは、自分こそが神殿の主であり、神殿はイエスにとって 「わたしの家」だと宣言されたということです。つまりイエスはご自身を、神殿を司る者であり、また同時に礼拝されるべき対象、すなわち神であるということを宣言されました。イエスは祈りが捧げられる神殿を、「あらゆる民の祈りの家」と呼ばれました。それはユダヤ人たちだけでなく、彼らから蔑まれている異邦人たちも含めた、全ての民族、部族、国民の祈りの家となる、ということです。 宗教指導者たちはイエスを神と信じていませんでしたから、神宣言をされたイエスのことを、神への冒涜であると捉えました。加えてイエスは同じ17節の後半において、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしてしまった。」と強いことばで批判されました。これも旧約聖書からの引用だと思われます。エレミヤ書7:10,11節です。そして、わたしの名がつけられているこの宮の、わたしの前にやって来て立ち、「私たちは救われている」と言うが、それは、これらすべての忌み嫌うべきことをするためか。わたしの名がつけられているこの家は、あなたがたの目に強盗の巣と見えたのか。見よ、このわたしもそう見ていた──主のことば──。 エレミヤ書を引用しながらイエスは批判していますが、その対象は、暴利を貪っている商人たち、それを許していた祭司や律法学者たちだけではありません。「売り買いしている人を追い出し始め」と15節にあることから、商人から生贄を買っていたユダヤ人たちにも向けられていることばでした。彼らユダヤ人に共通するのは選民意識です。「アブラハムを父祖とする我らユダヤ人は特別に選ばれている神の民。我々は救われている。それだけはない!このように神殿に来てお金も払って生贄を買って捧げている。神は喜んでくれているはずだ!そして犯した罪はことごとく全て赦されているはずだ!」 しかしイエスは、彼らユダヤの人々が生贄を形式的に、また慣習的に献げていることを見抜いていました。このような民の形式的、偽善的な姿が旧約聖書に記されています。ホセア書です。イエスの時代から750年ほど前に書かれたものですが、イエスの時代の人々と何ら変わることはありません。この時の北イスラエルは経済的には繁栄していましたが、民はバアル崇拝などの偶像崇拝を行いながら、神である主にも生贄を捧げていました。加えて富める者が貧しい者を虐げ、倫理的にも道徳的にも腐敗していた時です。主なる神は預言者ホセアを通して、彼らにその思いを伝えられました。それがホセア書6:6節に描写されています。「わたしが喜びとするのは真実の愛。いけにえではない。全焼のささげ物よりむしろ、神を知ることである。」
神が求めておられるのは「表面的な儀式(いけにえ)」ではなく、愛に基づく「神との個人的な関係(神を知ること)」であるということです。神が人間に対して、愛と信頼の関係を築き、人格的な交わりを求めておられることを意味します。著者のホセアに語られた主なる神のイスラエル民族に対する思いと、本日の宮清めにおける群衆に対するイエスの思いと重なります。
この神の御心、すなわちイエスの御心に反するのが、今まで見て来たように、神殿を利用して、つまり神を利用して商売をしている人々でした。また、自分の利益のために彼らを支援していた宗教指導者たちでした。そして儀式的に、また形式的に罪だけが赦されれば良いという、言わば神のご機嫌取りをしているユダヤの人々でした。なぜそのように言えるかと言えば、彼らが生贄を持参しないで神殿に来ているからです。生贄を準備、用意せず、神殿で気軽に買えばいいというところに、彼らの神に対する態度が表れています。 イエスはそのような人々が集まっている神殿が強盗の巣のようであると嘆き、憂い、怒られました。 一方イエスは神殿の主として、礼拝されるべき神として、イエスを信じる人々を御前に集めようと、集めたいと願っておられます。そのイエスの思い、願いが、平行箇所のマタイの福音書に表されています。21章14節です。また、宮の中で、目の見えない人たちや足の不自由な人たちがみもとに来たので、イエスは彼らを癒やされた。
いつもイエスがなされる癒しのように見えますが、実はこれは凄いことです。普段であればあり得ないことです。異邦人は異邦人の庭と呼ばれる場所に入ることができました。しかし体に障害を持っている人々は、神殿の本体である聖所、至聖所はもちろんのこと、その境内にすら立ち入ることは許されていませんでした。 しかし彼らは神殿に入って来ました。イエスが神殿で大暴れされ、一時的に神殿がパニックに陥っているその混乱に乗じて。 普段は神殿から締め出されて神殿の門のところで物乞いをすることしかできなかった盲人たち、足の不自由な人々などが神殿内に入り込んで来たということです。イエスを、神を求める姿です。そこでイエスは彼らを癒されました。
イエスは体に障害を持っている人たちを癒すことによって、障害のあるなしに関わらず、またユダヤ人たちが軽蔑していた異邦人、つまり民族の違いに関わらず、イエスを信じる者全ては神殿に入ることができる。また神であるイエスを拝することができる、つまりイエスを神として信じ、礼拝することができる、ということが表しておられます。
今回の宮清めにおいて、イエスの語られたこと、またなされた全てのことは、神殿当局者たちの激しい怒りと敵意をもたらしました。それはイエスがご自分のことを神であると宣言され、商人はおろか、祭司長や律法学者たちのような宗教指導者を批判し、さらに神殿における慣習を破って、障害を持っている人々が神殿に入るのを許可し、癒されたからです。 前回見ましたが、人々が決して触れることのない盲人のバルティマイを、イエスは立ち止まり、声をかけ、触れて癒されました。従って今回も、イエスは差別されている人々にも手を触れて癒されたでしょう。このように神殿の主であり、礼拝されるべき神として、イエスは民族や慣習を超えて、イエスを信じる人々を御前に集めようとされておられます。 このようにイエスは正しいこと、また愛に満ちたことをなされましたが、宗教指導者たちはイエスに反発しました。彼らの敵意が18節に描写されています。
祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した。群衆がみなその教えに驚嘆していたため、彼らはイエスを恐れていたのである。
彼らは、群衆がイエスの教えに驚嘆し、イエスを信頼し、さらに支持していく。人気が出ることによって自分たちから離れていくことが赦せませんでした。彼らは群衆を自分たちに惹きつけておきたかった。自分たちが、人々を神に近づけるように手助けする奉仕者とは考えずに、神が、人々を自分に近づけるのを手助けするとことを願っていた、ということです。これは神殿という場所において商売をしていた人々と、同じではないでしょうか。 言わば神を利用して自分の願い、欲望を満たそうとする姿です。 彼らは不正をしていました。また彼らは誤りを犯すだけでは気がすまず、自分の誤りを指摘する者に対して殺意を抱くという、神を知らない者、信じない者がどのように神に向かうのか。敵対するのか。罪深い人間の姿を浮き彫りにしています。恐ろしいことですが、まさにこのような人間の罪が、イエスを十字架に釘付ける原因となりました。 神殿を利用して、神を利用して商売する、儲ける人々をイエスは追い出されました。一方ユダヤ人たちから蔑まれていた異邦人たちが礼拝できるように、宮、神殿をきよめられました。また昔からの慣習を破られ、障害のある人々が神殿に入ることを許可され、イエスを信じ、求める人々を癒されました。別の見方をするならば、イエスは彼らを神殿に招かれた、と言うこともできるかもしれません。
今は受難節です。イエスの十字架の贖い、犠牲に心を留め、思い巡らし感謝を持つ時です。   神殿の主、神の国の主、万物の主であるイエス・キリストが、今も、現代においても、イエスを信じ、イエスを礼拝する者たちを、ご自分の十字架の下に集めようとされておられる。そのように思います。 神殿-現代においては教会において共に集まり、イエスを礼拝できることを感謝します。イエスの十字架がなければ、また招きがなければ、私たちはこのように共にイエスを礼拝することはありませんでした。イエスに感謝しつつ、今日も共にイエスの十字架に目を向けたいと思います。
祈ります。「強盗の巣」
そして、人々に教えて言われた。「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではないか。

2026/3/22(日)「それぞれの思惑」マルコ11:1~11 庄司牧師

2026年3月22日 マルコの福音書11:1~11 「それぞれの思惑」
さて、一行がエルサレムに近づき、オリーブ山のふもとのベテパゲとベタニアに来たとき、イエスはこう言って二人の弟子を遣わされた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばが、つながれているのに気がつくでしょう。それをほどいて、引いて来なさい。もしだれかが、『なぜそんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐに、またここにお返しします』と言いなさい。」弟子たちは出かけて行き、表通りにある家の戸口に、子ろばがつながれているのを見つけたので、それをほどいた。すると、そこに立っていた何人かが言った。「子ろばをほどいたりして、どうするのか。」弟子たちが、イエスの言われたとおりに話すと、彼らは許してくれた。それで、子ろばをイエスのところに引いて行き、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。すると、多くの人たちが自分たちの上着を道に敷き、ほかの人たちは葉の付いた枝を野から切って来て敷いた。そして、前を行く人たちも、後に続く人たちも叫んだ。「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に。」こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。そして、すべてを見て回った後、すでに夕方になっていたので、十二人と一緒にベタニアに出て行かれた。

いよいよイエスと弟子の一行は、十字架の待っているエルサレムに入城(入場⇔退場ではない)することになります。イエスの公生涯の三年半、そのほとんどはガリラヤとその周辺を舞台とした宣教でした。しかし公生涯の最後の一週間は、イスラエルの中心地であるエルサレムにおいての宣教です。わずか一週間のエルサレム宣教の記述は、マルコの福音書16章のうち、11~16章の6章分、三分の一ほどを費やしています。イエスの十字架、葬り、復活がどれほど大切なのかが分かります。 1節に記されていますが、イエスと弟子たちはエリコの町を出発し、長い坂道を上って、オリーブ山のふもとのベテパゲ、またその近くにあるベタニアの町までやって来ました。 これはイエスが十字架にかけられる前の週の、金曜日に当たります。イエスの一行は、翌日の土曜日は安息日だったためそのままエルサレムには入らず、ベタニアでマルタとマリア、ラザロの家で一日を過ごされ、日曜日にエルサレムに入られました。
エルサレムに入られる時、イエスは二人の弟子を使いに出して、「向こうの村」からロバを借りて来るように言われました。「向こうの村」とはベテパゲかベタニアのどちらかになります。 ベタニアにはマルタとマリア、ラザロの家がありました。彼らはイエスを愛し、従い、協力を惜しまない家族でした。またこのベタニアだけでなく、隣の町のベテパゲにも、イエスの弟子や協力者がいたと思われます。それでロバの持ち主は以前から、イエスのためにできることがあれば、何か手伝うと言っていたかもしれません。いずれにせよ、イエスが命じられた通り、イエスの使いはロバを借りることができました。 二人の弟子たちとロバの持ち主のやり取りは、イエスが予知、前もって全てを知っておられることの現われです。 イエスの言われたことは実際に成就、実現しました。そしてイエスがロバに乗ってエルサレムに到着した時の人々の様子が、8節から10節に描写されています。8節にはこのように記されています。多くの人たちが自分たちの上着を道に敷き、ほかの人たちは葉の付いた枝を野から切って来て敷いた。人々がイエスを大歓迎している様子が描写されています。葉の付いた枝を敷いたとありますが、ヨハネの福音書の12章には、その葉の付いた枝を「棕櫚の木」と記しています。そのため現在では、イエスがエルサレムに入城した日を記念して、イースターの一週間前の日曜日を、「棕櫚の日曜日」と呼んでいます。

一方イエスがロバに乗ってエルサレムに入られることは、旧約聖書に記されている預言の成就、実現でもありました。旧約聖書、ゼカリヤ書にはこのように記されています。9章9節。
娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレムよ、喜び叫べ。見よ、あなたの王があなたのところに来る。義なる者で、勝利を得、柔和な者で、ろばに乗って。雌ろばの子である、ろばに乗って。
ゼカリヤ書に記されているシオンの娘とは、エルサレムの住民を指す詩的な表現です。イエスの生まれる前、約500年前に書き記されたザカリヤ書ですが、果たしてその預言通りにイエスはロバに乗ってエルサレムに入城されました。群衆がイエスの入城をこの預言の観点から見て、イエスを王として迎えたことは疑う余地がありません。また人々は歓喜のあまり、讃美をもってイエスを迎え入れています。この時の様子が9節と10節に描写されています。
「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に。」これは詩篇を群衆が引用してイエスを讃美している姿です。
「ホサナ」ということばは、現代においても神やイエスへの深い感謝、称賛、喜びを表す言葉として使われています。 群衆は熱狂的にエルサレムに入城したイエスを大歓迎しました。
ここまで見ると、イエスがエルサレムに入られたことは、何も問題がないように思えます。しかし同じ出来事が、別の角度で記されている他の福音書と読み比べて見る時、色々な人間模様が見え、また群衆それぞれに、イエスに対する様々な思惑があることが見えて来ます。

例えばマタイの福音書の21:10,11節です。ホサナと叫んでイエスを大歓迎している様子はマルコの福音書と変わりませんが、このように描写されています。
こうしてイエスがエルサレムに入られると、都中が大騒ぎになり、「この人はだれなのか」と言った。群衆は「この人はガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言っていた。
イエスを大歓迎している群衆の中に、「この人はだれなのか」と、イエスが何者であるかが分かっていない人々がいたということが分かります。また「この人はだれなのか」という問いに対して
「この人はガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と答えた別の群衆がありました。イエスを力ある一預言者として捉えていますが、罪から救う救い主とは捉えていません。つまりそこにいた群衆は、イエスが偉大な者であると認識していたかもしれませんが、ただの人間として捉えているということが分かります。
また、平行箇所のヨハネの福音書12章には、このような宗教指導者のことばが記されています。
それで、パリサイ人たちは互いに言った。「見てみなさい。何一つうまくいっていない。見なさい。世はこぞってあの人の後について行ってしまった。」

イエスが人々に人気となり、自分たちから人々が去っていくのを嘆き、またイエスに嫉妬している姿です。彼らはイエスの人気が高まり、それが暴動に発展すれば、ローマ帝国の軍隊が介入して自分たちの立場が危うくなる。嫉妬だけでなく、自分の身を守ろうろうとする保身も垣間見えます。そこからイエスを殺害したいという思いにまで発展していき、実際にイエスを十字架に架けていく動力となっていきます。
マルコの福音書に戻りますが、10節で群衆は、われらの父ダビデの、来たるべき国に。とイエスを歓迎しています。一方マタイの福音書の21章には、「ホサナ、ダビデの子に」と、群衆がイエスを賛美しています。「ダビデの国、ダビデの子」と群衆が賛美したのは、イエスがダビデ王の子孫として、強かったダビデ王国を再び復興させてくれる、この世の政治的な王であると捉えていたということです。その力を持ってローマ帝国を蹴散らし、ユダヤをローマ帝国から解放し、再びダビデ王国を復興してくれる。群衆はそのような期待を、イエスに対して持ちました。
罪を赦し、神との関係を回復させるためにイエスがこの世界に来て下さった救い主である、ということを、群衆のほとんどが理解していない、分かっていないということです。

棕櫚の枝を持ってイエスを熱烈に歓迎した人々が、数日後にはイエスを十字架につけろと叫ぶ者たちに変わっていきます。例え宗教指導者である祭司長やパリサイ人、律法学者の巧みな扇動に乗せられたとはいえ、です。イエスを大喜びで迎えた人々が、僅か一週間の後、「この男を殺せ!」と叫ぶ者に変わっている。自分の上着を差し出して「ホサナ」と歓声を上げてイエスを迎えた人々が、一週間後には「十字架につけろ。殺せ」と叫びだす。なぜでしょうか。
それはこの後イエスが、自分たちをローマ帝国から解放しないことが分かったからです。彼らは自分たちの期待が裏切られたからです。彼らの思惑、目論見が叶わなかったからです。彼らはイエスに対する失望を怒りに変え、イエスに敵対する者になってしまいました。これが罪深い人間の姿だと言わざるを得ません。

本日の聖書の箇所には他にも色々な人々、色々な思惑を持っている人々が登場します。
ラザロをはじめ、イエスがなさった奇蹟、しるしを見たい、確かめたいと好奇心で集まっている人々。過ぎ越しの祭りを祝いに来た巡礼中だった人々。イエスの力ある奇蹟を見て、地上の力ある王とみなす人々。イエスが武力でローマ帝国から解放してくれるとイエスに望みを置いた人々。イエスが何者なのか疑っている人々。イエスを旧約聖書に登場する一預言者とみなしている人々。そしてイエスの人気を自分たちの人気と比べて憎しみ、嫌悪する人々。一方その中には先週見たバルティマイをはじめ、イエスに信頼し、イエスを罪からの救い主と信仰をもって従っていた人々もいました。
イエス・キリストを通して、色々な人間がいることが浮き彫りになっていきます。

一方群衆からの歓迎と讃美を受けられたイエスの思い、心情はどのようなものだったでしょうか。本日見ているマルコの福音書、マタイ、ヨハネの福音書にはこの時のイエスの思いは描写されていません。沈黙しています。それはルカの福音書においてのみ、イエスの思いが描かれています。ルカの福音書19章41節、42節です。このように描写されています。エルサレムに近づいて、都をご覧になったイエスは、この都のために泣いて、言われた。「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。」
色々な思惑のある人々。イエスによってもたらされようとしている、神の国の訪れを見ようとしない人々。神との平和、神の恵みを拒んでしまった人々。このような驕り高ぶりの結果、それから40年足らずの間にこのエルサレムはローマ軍によって徹底的に破壊され、エルサレムに住む人々は死と苦しみを味わうことになりました。エルサレムの現実の姿と、将来のエルサレムに対してイエスは涙を流されました。

私たち人間は理想を求めます。追い求める存在です。それは神に対しても同じです。強くて優しい神が欲しい。奇蹟を経験させてくれる神が欲しい。分かり易く理解できる神が欲しい。自分の願いを叶え、自分の思い通りに動いてくれる神が欲しい。
イエスは、私たち人間が持つ神概念、神に求める理想や期待を否定され、覆されました。 それは子ロバにまたがり、エルサレムに入城する姿を通して表されています。イエスはロバに乗ってエルサレムに入られました。 普通王のように偉大な者であれば、馬に乗って登場します。敵に勝ち、自分の国に帰って来た英雄は、凱旋の時に馬に乗って来ることからも分かります。 馬は勝利の象徴であり、戦いの象徴です。 もし馬でエルサレムに入ってこれば、それは見栄えも良いものです。
しかしイエスはエルサレムにロバで入城されました。しかもロバの子どもです。まだ体の未成熟な子ロバがヨチヨチ歩くその上に、メシヤなるお方が乗っている。あまりにも滑稽な、間の抜けた光景ではないでしょうか。 この登場によってイエスは、戦いの王を求める群衆に対し、自分の理想や期待を求める群衆に対し、ご自身が平和の王であることを宣言されています。声なき宣言です。子ロバにまたがる平和の君、キリストとして、イエスは人々にご自身を現わされました。 そしてイエスがキリスト、救い主として完成されるのが、十字架を通してでした。
11節、こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。群衆のイエスに対する無理解、勝手な理想と期待、自己中心的な姿を見た後イエスは、将来のエルサレムの姿と重ねながら、涙と共に、神が臨在される宮に入られました。罪深い人間の身代わりのために十字架に架けられるという、神が立てられたご計画をいよいよ実行に移されていく時の痛み、孤独、叫びを祈られたのだと思います。 イエスは父なる神の御心を第一にされました。いのちをかけて神のご計画に従われ、ロバに乗って来られるほどに謙られ、柔和なお方でした。 それは全て、私たち人間への愛でした。

私たち人間の様々な思惑を超えて、イエスは十字架を通して私たち人間の救いを完成させて下さったお方です。そのイエスの十字架の苦しみを、十字架を偲ぶ受難節で覚え、また感謝をお捧げしたいと思います。
祈ります
「それぞれの思惑」
こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。
十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。
(Ⅰコリント1:18)
この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。
(Ⅰコリント1:21)