創世記

2026/1/1(木)「神の一方的な恵みの契約」創世記15:7~21 庄司牧師

元旦礼拝(テキストメッセージのみ)

2026年1月1日 元旦礼拝 創世記15:7~21「神の一方的な恵みの契約」
主は彼に言われた。「わたしは、この地をあなたの所有としてあなたに与えるために、カルデア人のウルからあなたを導き出した主である。」アブラムは言った。「神、主よ。私がそれを所有することが、何によって分かるでしょうか。」すると主は彼に言われた。「わたしのところに、三歳の雌牛と、三歳の雌やぎと、三歳の雄羊と、山鳩と、鳩のひなを持って来なさい。」彼はそれらすべてを持って来て、真っ二つに切り裂き、その半分を互いに向かい合わせにした。ただし、鳥は切り裂かなかった。猛禽がそれらの死体の上に降りて来た。アブラムはそれらを追い払った。日が沈みかけたころ、深い眠りがアブラムを襲った。そして、見よ、大いなる暗闇の恐怖が彼を襲った。主はアブラムに言われた。「あなたは、このことをよく知っておきなさい。あなたの子孫は、自分たちのものでない地で寄留者となり、四百年の間、奴隷となって苦しめられる。しかし、彼らが奴隷として仕えるその国を、わたしはさばく。その後、彼らは多くの財産とともに、そこから出て来る。あなた自身は、平安のうちに先祖のもとに行く。あなたは幸せな晩年を過ごして葬られる。そして、四代目の者たちがここに帰って来る。それは、アモリ人の咎が、その時までに満ちることがないからである。」日が沈んで暗くなったとき、見よ、煙の立つかまどと、燃えているたいまつが、切り裂かれた物の間を通り過ぎた。その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える。エジプトの川から、あの大河ユーフラテス川まで。ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヒッタイト人、ペリジ人、レファイム人、アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の地を。」
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。本日の箇所は、神の恵みついて記されている箇所です。私たちに注がれている神の恵みを共に心に留めつつ、新しい年を共に歩んで行きたいと願っています。「神の一方的な恵みの契約」と題してお話していきます。人間は神のご性質や能力、人格に似せて造られた「神のかたち」ですが、早くも創世記の3章において神に反逆し、神から離れてしまいました。神から離れてしまった、すなわち「罪」から死が入り、全人類に広がり、全ての人類が死ぬ者、死に行く存在となってしまいました。しかし主なる神は、イスラエル民族を通して全人類を罪から救うという、壮大な計画を立てられました。その重要なイスラエル民族の始祖となったのがアブラムです。(17章で名前が変わってアブラハムとなります。)神とアブラムが結ばれた契約について記されているのが本日の箇所ですが、それは罪からの救いが予表、雛形として表されている箇所でもあります。 従ってこの契約は、イエスを信じる信仰者である私たちとも、深い関係があります。 それではこれから神がアブラハムと契約した契約に至る経緯と、その内容に焦点を当てて、お話したいと思います。 創世記12章にこのようなことが記されています。主なる神がアブラムに呼びかけられた時のものです。 主はアブラムに言われた。「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される。」アブラムは、主が告げられたとおりに出て行った。アブラムは主が告げられたとおりに、その時住んでいたハラン(現在のトルコ東部)から主が示される地へと出て行きました。主なる神はこの約束を徐々に、そして具体的にアブラムに示していかれます。そして本日の具体的な契約に至る直前、 神からの語りかけに対してアブラムはこのように応答しています。この応答は、私たちイエスを信じる信仰者にとっても関係がある、とても大切な応答です。それは本日見ているこの15章、その6節です。 主は6節の直前の5節において、「あなたの子孫は星のよう増え広がる」とアブラムに語られました。この神の語りかけに対してアブラムはこのように応答しました。15章6節。「アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。」いわゆる信仰義認です。信仰によって神の前に正しいとされることです。私たちもイエスを信じて神に義と認められた、正しいと認められていますが、その雛形、予型がアブラムの応答、主なる神に対する信仰です。 人は信仰によって神の前に義、正しい者と認められ、救われる。重要な救いの兆し、芽生えが、本日のアブラムの信仰にあります。

神の約束を信じたアブラムですが、その内容は主に三つです。一つ目は子孫の約束です。アブラムを通してその子孫は数えきれないほど増え、大いなる国民となる。二つ目は土地の約束です。カナン(約束の地とも呼ばれている・現在のパレスチナ)ですが、アブラムとその子孫に与えられる。そして三つ目が祝福の約束です。アブラムを通して人類が祝福される。 実際にアブラムの子孫からメシア(救い主)であるイエス・キリストがお生まれになり、全人類が祝福されています。
この三つのことを神はアブラムに必ずそうなるという約束をされましたが、その約束はすでに成就、実現しています。 そして神は、約束の実現の前に、アブラムと契約を結ばれました。この契約には動物、その動物が流される血、すなわちいのちが必要な契約でした。 アブラムは主が言われた通りの動物を準備し、真っ二つに切り裂き、向かい合わせにしました。そして17節、「煙の立つかまどと、燃えているたいまつ」が切り裂かれた物の間を通り過ぎました。これは出エジプト記に登場する雲の柱、火の柱のように、神の臨在が表されています。 この当時、契約を結ぶ者同士は「切り裂かれた動物の間を通り過ぎる」ことによって契約を結ぶ慣習があったようです。「切り裂かれたものの間を通り過ぎる」という行為は、もし約束を破ったならば、この動物のように身を裂かれても文句はありません、というほどの堅い約束を示しています。
神とアブラムが交わした契約でしたが、切り裂かれたものの間を通り過ぎたのは、神だけでした。つまり主なる神(ヤハウェ)が一方的に約束され、その約束を必ず守るということが表されています。これは契約の当事者の片方だけが結ばれたので、片務契約とも呼ばれています。従って例えアブラムが契約を違反する、守れなくとも、その責任は神のみが背負う、というものです。ですから無条件に与えられる恵み、無条件契約とも言え、神の誠実さが表されています。
アブラムはこの後、実際に失敗しています。 主なる神は、「あなたから子孫が生まれる」と約束されましたが、神の約束がなかなか実現しないことを受けて、アブラムは奴隷のハガルから自分の子孫を得ようとしました。そこからイシュマエルが生まれましたが、今のアラブ-イスラエル紛争の元になった人物です。 アブラムは神が約束されたことをただ信じ、待ち望むだけで良かったのですが、待ちきれませんでした。結局は契約違反をしてしまいました。しかしアブラムの契約違反にも関わらず、神は約束通りにアブラムとその妻サライ(サラ)を通してイサクを与えられました。イサクからヤコブ、12部族と広がっていきました。 アドベントの時に系図の表をお見せしましたが、そこからイエスがお生まれになっています。つまりアブラム(アブラハム)を通してイエス・キリストが誕生されたということです。 全人類がアブラムを通して、そしてイエスによって祝福されました。そして今なお祝福されています。神はアブラムの不信仰や失敗によって約束を無効にしたり、撤回したりはしない、ということが分かります。
さきほど、神とアブラムが結んだ契約は片務契約であり、恵みの契約、無条件契約であるとお話しました。この片務契約が、新約の時代に入ってイエス・キリストと、イエスを信じる者と結ばれることになりました。 無条件な恵みの契約であり、永遠に続く契約でもあります。
深い眠りに落ちたアブラムの代わりに、神が独りで切り裂かれた動物の間を通られました。 契約違反の責めを、神自身が引き受けられたことを示しています。 そして新約の時代に入り、神は実際に人類の契約違反の責めを、イエス・キリストを通してお受けになりました。 なぜでしょうか。 それは現代を生きる私たちもまた、アブラムと同じように、神との契約を破っている者たちだからです。アダムとエバが神との約束、契約を破って罪を犯して以来、すなわち創世記3章に記されている出来事以来、私たち人類はその罪をそのまま受け継いでいます。 私たちに罪があるということは、私たち人類の歩み、歴史そして私たちの心や態度、行動を見れば明らかです。神に敵対し、神を無視し、時に神を憎んでいる私たちの姿は、神との契約に違反している者たちであり、その契約違反が今もなお続いていることを証しています。 そして私たち人類の契約違反、すなわち罪を一方的に背負って下さったのが、イエス・キリストです。 本来であれば切り裂かれた動物たちのように、私たちは契約違反の責めを、罪を、いのちをもって償わなければならない者たちです。しかしイエスは、私たちの契約違反であり、また罪を一方的に背負われ、十字架で血を流して私たちの罪を、いのちをもって代わりに償って下さいました。 新約聖書、コリント人の手紙第二5:19,21節にはこのように記されています。すなわち、神はキリストにあって、この世をご自分と和解させ、背きの責任を人々に負わせず、和解のことばを私たちに委ねられました。…神は、罪を知らない方を私たちのために罪とされました。それは、私たちがこの方にあって神の義となるためです。アブラムは神に約束を語られた時、その約束を信じ、受け入れ、ハランの地、慣れ親しんでいる世界から出て行きました。この世における考え、価値観、自分の計画を捨て、神の考え、神の価値観、神の計画を信じて行動をもって応答しました。 新約の時代、すなわちイエスがこの世界に来られてから、イエスによって神の無条件の愛と恵みが、片務契約として私たちに差し出されました。イエス・キリストが私たちの契約違反から生じた罪を背負われ、十字架で死に、死を滅ぼして復活されたことにより、神は一方的に罪の赦しと永遠のいのちを約束して下さっています。
神の愛、イエスの愛と恵みに対して、私たちは感謝と共に信じて従っていくという、「応答」をして行きたいと願います。 それは、アブラムが神に語りかけられた時の応答、「信じて、従い出て行った」と同じ、信仰の応答です。
新しいこの年も神の恵みに応答し、神の御心、ご計画に従い、神を喜び、神に喜んで頂けるような歩みを、私たち一人一人がして行けますように。
祈ります
「神の一方的な恵みの契約」
創世記12:3b~4a 地のすべての部族は、あなたによって祝福される。」アブラムは、主が告げられたとおりに出て行った。
創世記15:6 アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。

「原福音」

2023年10月29日(日) ゴスペル礼拝

聖書:創世記 3章15節

説教:庄司牧師

♬献唱 HGC(ホープヒル ゴスペル クワイア)
 主は良いお方
 Hineh Ma Tov(ヒネマトブ) ヘブライ語での賛美で詩篇133:1より
 聖なるかな

🌈聖書引用
 新日本聖書刊行会 聖書 新改訳2017 (新改訳聖書センター)

 

「本来の人間の姿」

2023年7月30日(日) ゴスペル礼拝

聖書:創世記 2章22~25節

説教:庄司牧師

献唱:HGC(Hope hill Gospel Choir)
 ・Lord, I Lift Your Name on High(御名を掲げて)
 ・How Great Is Our God(偉大なる神)
 ・Praise The Lord(ほめよイエスを)

🌈聖書引用
 新日本聖書刊行会 聖書 新改訳2017 (新改訳聖書センター)

 

「なぜ生きるのか」

2022年 10月30日 ゴスペル礼拝

聖書:創世記 1章26~28節

説教:庄司牧師

🌈聖書引用
 新日本聖書刊行会 聖書 新改訳2017 (新改訳聖書センター)

※下のボタンをクリックすると、YouTubeのサイト(またはアプリ)に移動しますので、そちらで動画をご覧ください。

 

 

「世界の始まり」

2022年 2月13日 主日礼拝

聖書:創世記 1章1節

説教:庄司牧師

※下記リンクをクリックすると、YouTubeのサイト(またはアプリ)に移動しますので、そちらで動画をご覧ください。

オンライン礼拝はこちらをクリック

※配信中に広告が映される場合がありますが、Youtubeの仕様であり、礼拝メッセージとは関係なく、可児キリスト教会の意図するものではありません。