2026年5月10日「だれのてこのて」ヨハネの福音書20:24~29
さきほど「だれのてこのて」の絵本を一緒に見ました。 赤ちゃんの手を見たら、赤ちゃんとわかる。フライパンで料理をしている人の手を見たらコックさん、料理人だとわかる。聴診器を持っている人の手を見たら、お医者さんだとわかる。お手紙を持っている人の手を見たら、郵便屋さんだとわかる。では、手の傷跡を見たら?それも両手に傷の跡を見たら?それは優しい優しいイエスさまだとわかる。人間の手は、その人がどういう人かを表していると言えるでしょう。
この絵本を描いた人は、イエスさまの両手に傷跡があるのを、絵に描きました。そしてその傷跡があるイエスさまを指して、イエスさまは優しいお方である描きました。そうしますと、イエスさまが優しいお方であるとこの絵本の作者が言っているのは、この傷跡と関係がありそうです。
イエスさまは神さまであり、また人間であることが聖書に記されています。そしてこのイエスさまは、実際に傷ついたお方であり、とても優しいお方です。それは十字架を見ると分かります。それでは、本日の聖書の箇所を読んでみたいと思います。
十二弟子の一人で、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちは彼に「私たちは主を見た」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見て、釘の跡に指を入れ、その脇腹に手を入れてみなければ、決して信じません」と言った。八日後、弟子たちは再び家の中におり、トマスも彼らと一緒にいた。戸には鍵がかけられていたが、イエスがやって来て、彼らの真ん中に立ち、「平安があなたがたにあるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしの脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスはイエスに答えた。「私の主、私の神よ。」イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる人たちは幸いです。」
今日のお話の前に、大きな大きな出来事がありました。 それは、イエスさまが人々に憎まれ、十字架にかけられて殺されてしまったことです。しかしイエスさまは三日目に死から甦られました。そして甦ったイエスさまは、イエスさまを信じて従ってきた弟子たちのもとに現われてくれました。しかしこの時、イエスさまの弟子の一人、トマスがその場にいませんでした。今日の聖書箇所にはこのように記されていました。
十二弟子の一人で、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。
それでほかの弟子たちはトマスに「私たちは主を見た」と言った。とあります。「私たちは復活されたイエスさまを見たよ。復活されたイエスさまに会ったよ。」と弟子たちがトマスに告げた訳です。この時トマスはこのように言いました。「私は、その手に釘の跡を見て、釘の跡に指を入れ、その脇腹に手を入れてみなければ、決して信じません」
トマスはイエスさまが死から甦られたことを信じることができませんでした。だから実際にイエスさまが十字架に釘付けられたその釘の跡に指を入れ、またイエスさまは十字架上で脇腹を槍で刺されていましたから、その脇腹の穴に手を入れてみなければ信じない、と他の弟子たちに言いました。
他の弟子たちがイエスさまは復活されたと言って、イエスさまの復活を信じている中で、「私は信じることができない」と言うのは、すごく勇気がいることだと思います。トマスは、「信じることはできない」と、他の弟子たちに言わないで、黙っていることもできました。そしてもし黙っていれば、他の弟子たちから何も言われずに済んだでしょう。 でもトマスは、自分の心に、自分自身に嘘をつくことができませんでした。だからトマスは正直な人だったと思います。そしてトマス自身も、イエスさまの復活を信じたかったのではないでしょうか。イエスさまが大好きで、イエスさまを愛して、ずっと一緒に過ごして来ました。そのイエスさまが十字架で殺されてしまった。でも甦った。またお会いできる。こんなに嬉しいことはないからです。でも信じることができませんでした。それからしばらく時間が経ちました。このように聖書に記されていました。
八日後、弟子たちは再び家の中におり、トマスも彼らと一緒にいた。戸には鍵がかけられていたが、イエスがやって来て、彼らの真ん中に立ち、「平安があなたがたにあるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしの脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
今度はトマスの前に、復活されたイエスさまが直接現れてくれました。ここからイエスさまは凄いな、と分かることがあります。それは、イエスさまが十字架の死から本当に甦られたということです。人間で、死から甦ることができる人はいません。イエスさまは人間でしたが、同時に神さまであったことが、この復活を通して分かります。イエスさまは凄いお方です。またイエスさまは、何でも知っているということです。始めにイエスさまが甦られた時、トマスはその場にいませんでした。そこでトマスは他の弟子たちに、「私は、その手に釘の跡を見て、釘の跡に指を入れ、その脇腹に手を入れてみなければ、決して信じません」と言いましたが、イエスさまは、トマスがそのように語ったことを御存知だったということです。それはイエスさまがトマスが言っていたことを繰り返していることから分かります。イエスさまは何でも知っておられる凄いお方です。
そしてイエスさまは優しいお方です。イエスさまが始めに復活された時、他の弟子たちがその場に10人いました。しかし今回現れてくれたのは、トマスのためだけだったと思います。
イエスさまの復活を信じたいけど信じることができない。トマスの心の苦しみや悲しみ、もどかしさなどを知って、イエスさまはトマスだけのために現れて下さった。とても優しいお方です。
この時トマスは、「私の主、私の神よ。」とイエスさまに告げました。あなたは私の神です。もう一度、また改めて信じます。というトマスの信仰の告白でした。またこの告白には、あなたのことを愛し続けます、とか、これからも従っていきます、といった気持ちもあったと思います。
この時イエスさまは、「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる人たちは幸いです。」 と、トマスに告げられました。
トマスは他の弟子たちからイエスさまの復活のことを告げられた時、信じることができませんでした。イエスさまの復活を実際に見ていなかったからです。しかしイエスさまは、ご自分のことを実際に見なくても、信じることができるよ、とトマスに語りかけてくれました。そしてこのイエスさまが言われたことば、「見ないで信じる人たちは幸いです。」ということばは、今の僕たち、私たちにも語られていることばだと思います。
このヨハネの福音書を書いた、イエスさまの弟子の一人であるヨハネは、イエスさまが語られた、「見ないで信じる人たちは幸いです。」ということばの後、このように書き記しています。
このことばは今日の朝、丁度、日曜学校でお話したことばでもあります。
これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるためであり、また信じて、イエスの名によっていのちを得るためである。
これらのこと-それは聖書に記されていることです。イエスさまが語られたこと、たくさんの奇蹟を行われたこと、そして十字架の死と、死からの復活などです。私たちは今、この目でイエスさまを見ることも、また会うこともできません。しかし見ないでイエスさまを信じることができます。それはイエスさまご自身が、「見ないで信じる者は幸い、幸せな人だよ。」と、今を生きる僕たち私たちにも語りかけて下さっているからです。イエスはさまは、僕たちにできないことを、決して言われません。 そしてイエスさまの両手の傷跡は、僕たち私たちのための傷跡でもあります。僕たちの悪い心-嘘を言うこと。盗んだり、悪口や陰口などで人を傷つけること。神さまなんていない、イエスなんて信じないと、えばってしまうこと、など。このような悪い心や気持ち、神さまを信じないで自分勝手に生きることなどを、聖書では罪と呼んでいます。 イエスさまは僕たち全ての人間が持っている罪を全部背負われて、十字架に架かって僕たちの代わりに死んでくれました。それは僕たち、私たちの罪を赦すためでした。そしてイエスさまを信じる者は、死んでも終わらない。その先-永遠があるよ、ということを、死から復活したことで、僕たち私たちにも知らせてくれました。また、今も教えてくれています。
今日の絵本の最後は、「わたしのて いえすさまと いつもいっしょ」で終わっています。(スライド見せる)イエスさまを見れなくても、実際に会えなくても、僕たち私たちは、聖書に書いてあること-イエスさまがお話したこと、教えてくれたことを通してイエスさまを知り、信じることができます。 そしてイエスさまを信じる人は誰でも、死から甦って今も生きておられるイエスさまと、ずっとずっと一緒にいることができます。一緒に過ごすことができます。イエスさまが聖書で約束してくれています。 僕たち私たちを愛してくれているイエスさまが、神さまが、ただイエスさまを信じるだけでずっとずっと一緒にいてくれる。それは僕たち人間にとって、一番幸せなことです。嬉しくて嬉しくて仕方がない。喜びと感謝、そして今日たくさん神さまに讃美を歌いましたが、讃美が溢れます。
このイエスさまを、「私の主、私の神」と、ここにいるみんなが信じることができますように。そのように願っています。
お祈りします
「だれのてこのて」
イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる人たちは幸いです。」